First first problem 2
鋼の守護聖は持っていたドライバーのケースを執務机に放るように置き、
再びドアから出て行こうとする。ロザリアを気にしている様子だが、
彼女のほうを向こうとはしなかった。
「もう執務も終わる時間だろ。じゃーな」
声を掛けるタイミングを見計らっていたロザリアは、ゼフェルの背に追い縋った。
「あの、ゼフェル。質問に参りましたのよ。王立研究院へあなたが提案された、
施錠システムの件で」
ああ。足を止めてゼフェルは彼女を振り返った。
けれど目を合わそうとはしない。
「かなり大掛かりな工事が必要になりますかしら?」
ゼフェルは彼女の持つ書類を覗き込み、それについて思案した。
「部屋ごとにつけるんじゃなければ、大丈夫だろ。
ただ、むしろ俺はこっちのほうが気に掛かってるんだけどよ。ああ、これだな」
暫くの間二人はお互いの気まずさを押し遣り、
女王補佐官と守護聖として会話を交わした。
「ありがとう、ゼフェル。この先も王立研究院の力になってくださると嬉しいわ」
「おう。ま、俺にできる事ならやるから、何でも言ってくれ」
それじゃ、な。会話を終わらせて部屋を出ようとするゼフェルの腕を、
ロザリアは引いて必死に言葉を継いだ。
「ゼフェル。あの、先程わたくしの独り言を聞いていらしたんではなくて?」
背を向けたままゼフェルは彼女を促した。
「どんなだよ。もいっかい言ってみろよ」
ロザリアはゼフェルの袖の端を離さずに、けれど躊躇で俯く。
「どうしたらいいのか、って。それであの、わたくしはゼフェルを……」
そこでちらっとゼフェルを見ると、いつの間にか振り向いていた彼は、
じっと彼女を見つめていた。
「おめーが、俺を?」
ロザリアが言葉に詰まって頬を赤くすると、ゼフェルは面白がる表情になる。
「俺をなんなのか、も一度言ってくれよ」
もう! ロザリアは視線を床へ落とし、
ゼフェルの腕を拳で叩く。
「やっぱり聞いていらしたんじゃないの」
するとゼフェルの手がロザリアを引き寄せ、彼女はぎゅっと抱き締められた。
「執務室だからっておめーが文句言うだろうから、
聞こえなかった事にしようと思ったのによ」
耳へ熱い息が掛かり、ロザリアもゼフェルの背に腕を回して思わず呟いた。
「あなたが好きなんですの。でもどうしたらいいのか分からなくて。
ごめんなさい、わたくしが悪いんですわよね?」
腕を解いてロザリアを見る彼の顔は、困惑して驚きを示す表情。
「いや、おめーは悪くねえ。俺が……ダメだからおめーに辛い思いさせちまって。
もう、おめーはきっと俺の事嫌になったんじゃないかって」
眉を寄せた彼の言葉にロザリアの胸はきゅうっと苦しくなる。
自分からゼフェルの首へ腕を巻き付けてキスをしたいと思ったが、
ここがどこなのか思い出して彼女は踏み止まった。
代わりにゼフェルの手を取り、指の先をきゅっと握る。
「あなたを嫌いだなんて思う筈ありませんでしょう。ですから……次はきっと、
わたくし、がんばりますわ! 困難なほど、その甲斐はある筈ですもの!」
顎を上げてそう宣言するロザリアにゼフェルは吹き出し、声を上げて笑った。
「全く、おめーってばよ、変わらねえな、女王候補の時からよ。
おめーがそんなだから俺は」
そこでゼフェルは執務室をくるっと見渡して誰もいないのを確認し、
ちゅっとロザリアの頬へくちづける。そしてとても小さな声を彼女の耳へ注いだ。
少し掠れた声が耳の周りの空気を震わせる。
「……好きだぜ」
とは言うものの、ロザリアはどうしたものかと溜め息を吐いた。
とてもプライベートな問題でもあるのに加え、
自分だけでなくゼフェルの事も引き合いに出さなければならず、
誰かに相談するのには勇気の他に色々と差し障りがある。
けれどあれほど胸を張ってゼフェルに宣言したからには、どうにかしたい。
親友の少女への相談を決意し、ロザリアは女王の私室へ向かう。
だが本当は、彼女へ相談するのはかなりの躊躇があるのだ。
「相談があるんですの」
そう切り出せば、彼女の親友の少女は瞳を輝かせてロザリアを見る。
「なになにっ? ゼフェルとの事? もう〜! 朝まで寝かせてもらえないとか、
そんな相談だったらどうしようー!! やだ羨ましいーー!!」
言うと彼女は笑い声を上げてソファーの上に転がり、足をバタバタさせた。
やっぱりだ。かなり面白がられてからかわれるパターンになりそうで、
ロザリアは頭を抱える。実は先日も相談しようとした事があったが、
同じような調子なので言えずに終わってしまったのだ。
「アンジェリーク、真面目に聞いてくれないのなら、わたくし帰りますわ」
声に真剣みを聞き取り、アンジェリークは背を正してロザリアを見た。
アンジェリークには年上の恋人がいる。女王候補時代からお互い思い合っていた相手で、
彼女が女王になろうともそれは障害にはならなかったようだ。
「その、初めての時って、どんな感じだったか教えてくださる?
やっぱりとても……痛かった?」
やっとそれだけ絞り出すように言った自分の頬は、
きっと赤く染まっているだろうとロザリアは想像できた。そして、
俯いていたので見えないが、アンジェリークの瞳が丸く大きく見開かれたであろう事も。
そっか。うん。何やら頷いてアンジェリークは暫く考えていたが、
比較的真面目な声で彼女へ答えをくれた。
「そう、そうだなあ、怖いと思って力を入れていた時はね、指でもすっごく痛かったかも。
段々リラックスしてきたら、痛いけどでも、我慢できないってほどじゃな……って、
ロザリア、メモ取らないでよ! 恥ずかしいってば!」
ロザリアが膝に乗せていた小さなノートとペンをアンジェリークは取り上げた。
さすがに金の髪を乱して顔を赤くしている。
「それから? 最初からうまくいきましたの? その、相手のかたの、
コンディションとか?」
ロザリアの必死な声にアンジェリークはいろいろと悟ってくれたらしく、
ノートを返してはくれなかったが返答をくれた。その後も、
とても気になっていた事をロザリアが耳打ちして聞くと、
アンジェリークも彼女へ耳打ちして教えてくれた。他にもいろいろ。
アンジェリークはロザリアの手を取り、柔らかな瞳で微笑んだ。
「一緒にいられる時間がすごく大切だって思えるよね。
他宇宙からの侵略があったから特に。だからまず、
好きって事を一番に考えたらいいと思うよ」
ええそれは、分かっているのだけれど。
ロザリアは緑の瞳を避けて俯いたが、アンジェリークは屈んで彼女の目を覗き込む。
「もう。いつもプレッシャー感じすぎちゃうんだからロザリアは。
失敗したっていいじゃない。何度だって、チャンスはあるもの。
もしもまたうまくいかなかったら、そんな時こそたくさんたくさん、好きって言ってね。
それにゼフェルにもたくさん、言ってもらって。そしたら大丈夫!」
やはり不安は残るものの、かなり心が軽くなった。特に最後にもらった助言には、
さすがアンジェリークだこと、とロザリアは笑みを漏らした。
ピンチの時の彼女の前向きな姿勢こそ、自分に欠けていた事だろうと感じられる。
まだ床に就くには早いある日の夜、
シャワーを済ませたロザリアはベッドルームの照明を落とした。
「自分で自分の気持ちいい場所を探してみるのもいいかも。
それで気がついた事があったら、恥ずかしくてもちゃんとゼフェルに伝えてね」
それもアンジェリークの助言のひとつであり、
ロザリアは生真面目にそれを実行してみる事にした。
下だけ下着を脱いでベッドへ横になり、クッションへ凭れて力を抜く。
ゼフェルが彼女へ触れる時のように夜着の上から胸の先へ触れてみる。
くすぐったいような気持ちいいような、それでも恥ずかしさも大きい。
この間執務室でくれた彼の声と言葉を思い出す。小さな、少し掠れた声は、
とてもセクシーだった。
……好きだぜ。
胸の先が尖り、体の奥が熱くなるのをロザリアは感じ、
そっと手を伸ばしてそこへ触れてみる。……濡れていた。
その事実がロザリアを熱くさせた。ゼフェルのキスを思い出し、
その合間に告げたい言葉を目を閉じて呟いてみる。
「ゼフェル……あなたが好き」
触れる指が、
更に自分の気持ちのいい場所を探してそっと動き、どんどん熱さを増していく。
呼吸が速くなり、ロザリアは恥ずかしさと同時にそれを求める気持ちに体を委ねる。
コンコン。
微かな音にロザリアは飛び上がるほど驚き、ベッドから落ちるように下りた。
この音には覚えがある。隣の私室の窓を、彼が叩く音に相違ない。
カーテンに映る影にロザリアが頬を染めたまま窓へ近付くと、
それはやはりゼフェルだった。そっと窓を開けると、
火照ったロザリアの頬を夜の風が撫でる。
「待ち切れなくて、来ちまった」
そうしてゼフェルはロザリアをぎゅっと抱き締める。
言わなくては。たくさん。
ロザリアは意気込んでゼフェルの胸に顔を摺り寄せながら囁いた。
「ゼフェル、好きですわ。好き」
お、おお。
頬を染めたのが分かる声でゼフェルが応じ、
二人でもつれるようにロザリアの寝室へ足を踏み入れる。
途端に、ゼフェルが目を見開いてロザリアの顔を覗き込んだ。
「なあ。おめー……。一人で、今、してたのか?」
ロザリアの顔はみるみるうちに真っ赤になり、ゼフェルはニヤリと笑う。
「どうして、分かるんですの……?」
ベッドへロザリアを腰掛けさせながら、ゼフェルは口の端を上げた。
「おめーの匂い、すっから。丸分かりだぜ」
自分ではよく分からなかったのだが、
どうやら彼にはあっという間にばれてしまったらしい。
ゼフェルの手が彼女の夜着の裾を手繰り、すぐに彼女の柔らかな部分へ触れる。
すると彼の口から驚きと嬉しさの混じった感嘆の声が上がった。
「すっげ、びしょびしょじゃねーか。な、どうしたらこうして気持ちよくなったか、
教えてくれよ。俺がおめーの事、こうしてやりてーんだよ」
とても恥ずかしかったがロザリアはゼフェルの胸に顔を埋めて頷いた。
「あの、そう、そこですの。……お願い、もう少しそっと。優しくしてくださる?」
いくつかねだるうち、すぐにゼフェルはコツを飲み込み、
彼の指はロザリアの望む快楽を彼女から引き出して行った。
自分でもそこまで高めていた事もあり、優しいキスが与えられると、
更にロザリアの体は敏感になる。
「何か、ヘンですわ。わたくし……! ゼフェル!」
悲鳴のような声の後、ロザリアは初めて知る感覚に体を攫われた。
息もできない程大きな、痛みにも近いそれに、ロザリアは体を固くして耐える。
一瞬だった気も果てなく長い間だった気もするが、やっと波が引くように快楽が引き、
ロザリアはくたりとゼフェルの胸に凭れかかった。
「すっげー可愛いぜ。な、俺、おめーの事、気持ちよくしてやれたのか?」
はぁはぁと荒い息で恥ずかしさに俯きながらも、
ロザリアはこくんと頷いた。へへっ、嬉しそうな笑い声が彼女を包み、
回された腕がぎゅっとロザリアを抱く。
一度離れた体が服を脱ぎ、ロザリアの体へ残されていた夜着を解いた。
やっと整い出した呼吸をのみ、ロザリアはゼフェルへ自分から近付いた。
そして自ら彼へと手を伸ばし……。
「ああ、いいって。おめー、ヤだろ?」
ロザリアはゼフェルの声に寂しさを聞きつけてふるふると首を振った。
「大丈夫。わたくしだって、あなたを気持ちよくしたいんですの」
ロザリアはそっと手を動かし、ゼフェルの唇へ触れるキスをする。
そして屈むと同じようにそこへもキスを落とした。
う、と耐える声と共に彼の体がびくりと震え、それがロザリアの躊躇いを拭って行く。
「すげえ、いい」
よく分からないながらも舌を這わせるうち、
あれ程強かった抵抗が四散している事に気付いてロザリアは自分に驚いた。
実際にはそれ程嫌悪感を感じるものではなかった。
それよりも、もっといろいろ試して、言った通り彼を気持ちよくさせたくなった。
何故なら、彼女のする行為に漏れる彼の息遣いから、
ゼフェルが喜んでくれているのがダイレクトに彼女へ伝わるから。
上から咥えて舌を動かしてみると、ゼフェルの息が速くなり余裕のない声が上がった。
「やべっ、ちょ、ロザリア……!」
急にゼフェルが彼女を引き離して体を引き、
うっと呻いた。手に持ったティッシュで隠されていたけれど、
初めての日と違いロザリアにはもう彼がどうなったか想像がついた。
目を閉じ快感に耐えるゼフェルを見て、ロザリアの内にもっと彼への愛しさが溢れる。
そして先程ゼフェルが達した彼女を見て何故あれほど嬉しそうだったのかを理解した。
「ゼフェル。わたくし……こうして触れ合えて嬉しいですわ」
にっこり笑ったゼフェルに抱き寄せられ、肌と肌を合わせて抱き合うと、
もっと嬉しさで胸がいっぱいになる。
「なあ、今日ももうちっと……がんばってみていいか?」
え、と思ってロザリアが思わず手をそこへ下ろすと、
再び「がんばる」状態になっているゼフェルに気が付いて彼女は頬を染めた。
「も、もちろんです、わ!」
意気込んで答えたものの、
やはりまだ少しの恐怖がロザリアの背を駆け上がる。
「無理すんなよ? ……痛かったら、言えよ?」
背をシーツにつけたロザリアは、優しい赤い瞳を見上げて頷いた。
以前より大きく足を広げられ自ら抱えるように持たされて、
ロザリアは羞恥に顔を背けようとしたが、ゼフェルのくちづけに唇が捕まる。
そちらに気を取られた次の瞬間、彼はもうロザリアの中にいた。
「あ……ゼフェル?」
ゼフェルも驚きで丸くなった瞳でロザリアの青い瞳を見た。
「痛く、ねえのか?」
足をシーツへ下ろされて角度が変わり、
ロザリアは少しだけ眉を顰めてそれに答える。
「痛いですわ。でも……前ほどじゃ、ありませんわ」
そして息を吐いて付け加えると瞳が潤んだ。
「嬉しい」
ロザリアの瞼と頬へ、優しい唇が触れる。そして熱い息が熱い言葉を伝えた。
「ロザリア、おめーが好きだぜ」
ロザリアも頭をもたげてゼフェルの唇にくちづける。
「わたくしも。ゼフェルが好き」
んっ、と苦しそうな声でゼフェルが顔を顰めた。
「すっげー気持ちよくて、またすぐ……イキそっ……、だぜ」
何度か動いてゼフェルはその通りになったけれど、
二人はそのまま抱き合っていた。とても満ち足りた気持ちで。
彼ら二人を悩ませていた難問さえ、今の自分たちの喜びへ必要なものだったと、
そう感じるほどにロザリアの胸は熱く満たされていた。
彼女を見る優しい瞳から、ゼフェルも同じように思ってくれていると感じられる。
こうして彼ら二人の初めての一番の問題は幕を閉じた。
……のだが。
「な、いーだろ?」
キスと共にゼフェルにその先を促され、必死の声でロザリアは反論を試みた。
「でも、明日も執務がありますし、それに昨夜も、だって……」
あっ。思わず上がる声は彼女の言い訳とは反対にもっと欲しいと彼に伝える。
そしてもう慣れたその指は巧みに彼女の感じる部分を捉える事ができた。
ロザリアの抵抗は脆く崩れ去っていく。
次の問題がまた二人の、いやロザリアの前に立ち塞がっているのだが、
それでもそれに自ら落ちたいと望む彼女もいるのが困った所だった。
すると彼はお見通しの表情でニッと笑い、
唇をロザリアの耳へ近付けて小さな声で囁く。
「好きだ」
ゼフェルだけの魔法の言葉で、彼女の最後の砦もあっけなく落ちてしまうのだった。
end