重いカーテンが引かれたその部屋は薄暗い。中央に置かれたベッドは天蓋付きで、
更にベッドの中だけを閉ざされた空間にしているよう。
オリヴィエの指がロザリアの体をゆっくりと開いて行く。硬く力が入っていた体に、
少しずつ与えられる快楽。ロザリアの唇から思わず昂ぶった声が漏れ、
彼女ははっと口を抑えた。
「いいんだよ。もっと、聞かせてよ。堪んない、あんたの声」
ロザリアの耳朶を挟んだ唇がそう囁きと共に耳元へ熱い息を注ぎ、彼女は背を奮わせた。
再び口から漏れる声と合わせた肌の熱さに、オリヴィエがひとつ深い息をついた。
それはロザリアの不安を少しだけ拭う。
瞬きで青い睫毛が上下すると、オリヴィエの唇が宥めるようにロザリアの唇へ辿り着く。
啄ばむような小さなキスでロザリアの唇が開くと、柔らかな舌が滑り込んで来た。
それはこれから起こる事を予感させるくちづけ。挿し入れられた舌は優しく、
けれど容赦なくロザリアを乱して行く。
柔らかな金の髪が頬に落ち、彼が動く度にロザリアの頬と首筋を愛撫する。
ロザリアは両手をオリヴィエの頭に回し、髪へ指を差し入れて艶やかなその感触を確かめた。
それに促されオリヴィエの指の動きは滑らかに大胆になって行く。
「オリヴィエ様……っ!」
彼の指と唇が下へ降りてゆくと、不安を宿したロザリアの声が上がったが、
もうその程度では何の抑制にもならないのは彼女自身にも分かっていた。
「大丈夫。怖いコトなんてないから。私に任せて」
けれど彼女が想像もしなかった愛撫を受け、ロザリアは思わず拒絶の悲鳴を上げた。
怖いのは、恥ずかしくて耐えられないと思うのに、
それ以上に自分の体が悦んでいるのに気付いたからだった。
「や、いやっ。だめです、わ。そんな、オリヴィエ様っ!」
その声はロザリア自身にも本当に拒む意思を感じられない声。
逃げを打つ体を容易く抑え込み、オリヴィエは意地悪く笑う。
彼の長い指を濡らすものをロザリアに見えるように示し、
オリヴィエはその指の先を舌で舐めた。
「嫌なの? ホントに? こんなに感じてるのに?」
その言葉通り彼女が感じているのはオリヴィエには筒抜けで、
ロザリアは顔を手で覆って首を振った。
抑えても漏れてしまう声に加えて湿った音が彼女の耳へも届き、
それがロザリアをもっと追い詰める。
「すごく熱い」
告げるオリヴィエの声こそが熱い。あっと言う間だったのか、
それとも気が遠くなるほどの長い時間だったのか。
ロザリアの呼吸が速くなるにつれ柔らかだった指と舌の動きも速まり、
否応なしに彼女を高みへと誘った。
「痛いかもしれないけど、許して」
荒い呼吸を吐いてぐったりと弛緩したロザリアの頬へ唇へ、触れるキスがいくつか降る。
彼に言われた通り痛みを覚悟してロザリアは瞳を閉じた。
「う、っふぅ」
溶けて解れていたとはいえ、初めて受け入れるそれは異質の物。
オリヴィエが彼女の体を気遣い、時間を掛けて身を進めた事にロザリアも気付いた。
もちろん痛みはあった。
けれど想像していた程に酷くはないとロザリアはゆっくり呼吸して目を開けた。
間近に煙ったブルーの瞳が労わりを込めてロザリアを見つめている。
思わずロザリアはオリヴィエの首に両腕を回し、再びくちづけが降りてくるのを待った。
ところがオリヴィエは、動きを止めたままロザリアの頬へ掛かった髪を優しく梳いた。
真剣な瞳を見てロザリアの眉が寄せられる。
「ねぇ。これで、私はあんたのもので、あんたは私のものになった訳だけど」
オリヴィエがそこで言葉を切ったので、ロザリアは頷いた。
けれど続けられたオリヴィエの言葉は彼女の心臓を貫いて響いた。
「女王候補は、降りないで」
分かりたくないその言葉が彼女の頭に意味を持って届いた時、ロザリアは混乱し、
首を振って身を捩った。そしてオリヴィエの腕の中から逃れようともがいた。
「わたくし、そんな、こんな事になって、オリヴィエ様、わたくし」
しいっ。優しく窘めながらもオリヴィエの力は強く、
ロザリアは彼の下から逃れることはおろか繋がりを解く事もできない。
震える体を下に、オリヴィエは眉を寄せそして微笑んだ。
「あんたに利用されたって、ほんとは構わないんだ。けど、
逃げ出したあんたはきっと自分を、それから私を厭うようになる。だから、どうなろうと、
最後までちゃんと闘って」
その瞳にロザリアは、
オリヴィエが自分のずるい考えを全部見抜いていたのに気付いて体を硬くする。
それはダイレクトにオリヴィエの体に届いたようで、彼は僅かに顔を顰めた。
「その代わり、こうしてる間は。あんたが他のコト何にも考えられないくらいに、
良くして、あげる……から」
そして緩くオリヴィエが動き出すと、
粘度の高い水音を含む音がベッドヘ流れ、ロザリアは羞恥と拒絶に首を振る。
「いやっ、嫌! ぜんぶ、イヤですわ。放して! わたくし、もう……」
許したばかりのそこは、もちろん痛みをロザリアへ訴える。
けれど痛みのすぐ隣に違うものが潜んでいるのに気付いてロザリアは唇を噛んだ。
「イヤなんかじゃ、ないだろ? ほら、すごい音してる」
首を振って否定をしようとも、
繋がったそこから上がる音は紛れもないロザリアの快楽の印。拒絶しようとする心とは別に、
体の奥からひたひたと上がって来るもの。ロザリアのきつく結んだ筈の唇は、
すぐに喘ぎのせいでほどかれてしまう。
「綺麗だよロザリア。それに……ああ。すごくイイ」
彼女が感じる場所を探るためか、角度を変えながら動かれ息が上がるロザリアに、
オリヴィエは更に指と唇で愛撫を加えた。ロザリアの唇から意味のある言葉は消え、
混乱した頭のまま熱くなる体でただ喘ぐ。
「もう何も考えないで。ただあんたは、気持ちイイコトだけ、感じてて」
オリヴィエの言った通り、もうそこからロザリアは何も考えられなくなり、
ただ彼の施す快楽を受け止めるばかり。耳へ注がれる言葉ももう意味など分からないのに、
その囁き声はロザリアを煽る。
「ほら。ココだろ? 全部感じてご覧」
彼女の高ぶりを知り、それまでより激しくなるオリヴィエの動き。
ロザリアの意思とは別に彼女の白い腕はオリヴィエの背に回り、
縋るようにしがみ付いた。
「ロザリア。……ロザリア……!」
彼女の名を呼ぶ声も届かないほど高い所へ、ロザリアは息ができないまま飛んだ。
薄れて行く意識の隅に、
ぼんやりとオリヴィエの瞳のブルーが霞んで見えた。
今日もロザリアは顎を上げ、聖殿の廊下を進む。
「こんにちは、ロザリア! お花の種が届いたんだけど、寮の花壇に分けようか?」
緑の守護聖にロザリアは膝を落としてお辞儀し、丁寧に挨拶を返す。
「御機嫌よう、マルセル様。素敵ですわね。ええ、ぜひお分けいただけますかしら」
マルセルとは元々の相性がいいため、
特別二人で出掛けなくとも日々交わす言葉はお互い印象が良い。
ロザリアはマルセルの執務室へ寄り、花の種を受け取った。
「種を蒔く時に分からないことがあったら、聞いてね」
朗らかに微笑むマルセルに、同じ親愛がこもった微笑みを返してロザリアは礼を言い、
サンルームになっている執務室を出た。
ロザリアは足を進めながら今日こなしたスケジュールを頭の中でさらう。
今日は二人の守護聖の力を少しずつフェリシアへ送ってもらうよう願い出た。
先日功を奏した育成とは別に、他の力を少し送って望みへ変化が起こるか試すためだ。
誰にも何も言われていないが、それに関するレポートを書き上げ、
パスハへ提出しようと思っていた。王立研究院の資料のひとつとして、
ロザリアが今まで書いたレポートと共にずっと残るものになる。
今日はこれから、昨夜読み終えた一冊の本を地の守護聖へ返さねばならない。
十五代前の女王補佐官による、
当時の女王陛下がある惑星で起きたトラブルをどう治めたかが綴られた本。
多分それを返す際にはルヴァから感想を尋ねられるであろうし、
それに対する答えを頭で纏めている途中だ。
ふう。
息を一つ吐いてロザリアは立ち止まり、
聖殿の廊下に並ぶ大きな白い柱に背中を預けた。
疲れた。
なさねばならぬ事。それは次から次へとロザリアを待っている。けれどそれのどれも、
彼女にとって辛い事ではない。元より女王試験がなく、
以前のようにスモルニィ女学院に通っていようとも、
ロザリアは同様に自分へ課す事を自分で決めて行動する筈だ。
疲れているのは、そんな事が理由なのではない。
「ロザリア〜。王立研究院へ行って来たよ」
廊下の向こうから彼女に気付き、
金の髪を揺らしたアンジェリークがぱたぱたと足音を立ててロザリアへ駆け寄った。
「そう。エリューシオンの神官から、細かい報告は届いていて?」
柱から体を離したロザリアが問うと、
アンジェリークは緑の瞳をくるくると輝かせて頷く。
「うん。ちょうどその頃って、火事とか、事故とか、予測できない事が起きてたみたい」
その答えにこれまで感じたと同じ感情がロザリアの胸を占めて行く。
頭が冴えているとは言い難いライバルの少女、アンジェリーク。
彼女の育成が実を結びだした時にロザリアが感じたのは、焦りではなく疑問だった。
フェリシアの育成には余裕があったため、
その頃ロザリアはエリューシオンの発展へ注目していた。
ロザリアが立てた育成の計画とあまり差のない育成をアンジェリークがすると、
それはロザリアの予測に近い結果が現れる。
ところが、何故いまその力を送るんですの? と、ロザリアが眉を顰めた育成の結果が、
思いもしない急激な発展を見せた時。目の前の親友が、誰か知らないひとに見えた。
「ええ〜? よく分からないけど、
あの時はあの力を送ったほうがいいような気がしたから」
ロザリアがアンジェリークの行った育成について尋ねても、明確な答えはなかった。
アンジェリーク自身にも説明のできない、根拠のないものであったようだった。
けれどそれは一度ではなかった。
エリューシオンがぐんと大きな発展の伸びを見せてフェリシアの人口を越した時、
ロザリアの頭をある考えが占拠した。
本当に女王になる人物は、頭で育成を考えたりしない。
何も考えなくても一番最善の方法で民を導ける。
それだけではない。簡単に人に心を許した事のない自分が、
何故か目の前の少女の傍にいるだけで癒され安らぎを感じてしまう。
それはもちろん彼女だけでなく、
守護聖の大半がそう感じているようなのにもロザリアは気付いた。
女王のサクリア。
アンジェリークは確かにそれを宿している。理屈ではない。
自分も、女王候補に選ばれた自分とて、それを持っていると思っている。けれど、
アンジェリークの一番近くにいるロザリアだから分かってしまう。
他の者の持つそれとは、そもそも質が違う。
「あんた、アンジェリークを避けてるだろ」
ロザリアの耳へ彼の声が甦る。
その通り、あの時期ロザリアはアンジェリークの傍にいるのが苦痛だった。
次期女王として将来を嘱望されていたロザリア。
彼女の家系は過去に何度も女王を輩出しており、
女王交代の時期にこうして自分が相応しい年齢だった事にも運命を感じた。
自分が女王試験で誰かに負けるなど、考えたくもない。
夢の守護聖が彼女に苦言を呈した時、全てを彼に打ち明けてしまいたかった。
守護聖の誰とも対等に接していたロザリアへ、踏み込んで来ようとしたオリヴィエ。
普段なら彼女はそれを迷惑だと思ったかもしれない。けれどその時は、
それに縋りたかった。
もし、守護聖の誰かと親密になり、
女王となるよりもその人とずっと一緒にいる事を選ぶのなら。
ロザリアの係累の者たちも、それを祝福してくれるだろうか。
愚かにもその考えに捕らわれたロザリアに、
彼はいつから気付いていたのだろう。
「でね、今までうまく成長した時って、たまたまその、
火事とかの対応に合ってた育成だったみたい」
宮殿の廊下でアンジェリークが話し掛けてくるのに、
ロザリアははっと目を開いて追憶から戻って来た。
アンジェリークの力はまだ安定していず、
どうやらエリューシオンの不意の危機の際にそれが大きく現れたようだった。
エリューシオンの神官にその際の詳細を纏めて送ってもらうよう、
ロザリアは進言していたのだった。
「あなたの直感というか、それは大事にしたほうがいいようですわね」
ロザリアの言葉に真剣な顔で頷くアンジェリークへ、
今は妬みも憎しみも湧き上がっては来ない。アンジェリークを知らない間なら、
そんな自分を歯痒くそして疑問に思ったかもしれない。
けれど大きな力の前には何の不思議もなく、自然な事だと今のロザリアは思う。
アンジェリークの持つ力に気付いたあの後、それでもそれに抵抗するかのように、
ロザリアはそれまで以上に努力してフェリシアの発展を後押しした。それは功を奏し、
簡単にエリューシオンを凌いだ。
けれどそうしてフェリシアの民に負荷を掛けて無理をさせても、
波に乗ってきているエリューシオンの勢いのほうが大きいのは明らか。
現在はまだフェリシアのほうがリードしているが、
それはもうあと少しの事だろうとロザリアは感じている。それに焦りはもう感じない。
ただ、自分のしている事にはもう意味がないのかもしれないと思うと、
それが空しく疲れとなってロザリアの肩へ落ちるのだった。
彼女の葛藤になど全く気付かず、アンジェリークはグリーンの瞳を煌かせる。
「ねえねえ、ロザリアはこれからどうするの? オリヴィエ様の所〜?」
どきんとロザリアの胸が大きく鳴った。先日の日の曜日から、考えないように、
忘れていたいと思っていたひとの名。
けれど何度も苦しい息と共に胸に上がってくるひとの名。ここ数日、
ロザリアは彼を避けていた。
「わたくし、ルヴァ様にお借りした本、を、返しに行かなくては、なりませんの」
ん? アンジェリークは金の髪を揺らして首を傾げる。
「ルヴァ様、今日はお留守だったよ。公務で聖地へお戻りみたい」
あら、そうですの。答えるロザリアが彼女を見ようとしない事から、
アンジェリークは眉を上げて横目でロザリアを見た。
「なんかさあ、ロザリアってばオリヴィエ様と喧嘩でもした? 昨日も一昨日もその前も、
オリヴィエ様の所に行ってなかったよね?」
胸に抱えた本をぎゅっと抱き締め、ロザリアは視線を泳がせてしまった。
今週に入るまでロザリアは、
一日と空けずに夢の守護聖の執務室で午後の時間を過ごしていた。
それはアンジェリークのみならず、他の守護聖たちも聖殿の誰もが見知っている事。
何故ならそれが公になるよう行動していたのは、他でもないロザリアであったのだから。
「特に用事もありませんもの。行く必要なんて」
その後は口の中に言葉を消しながら、
そんなものは言い訳にもならないとロザリア自身が一番良く分かっていた。
それは拗ねた態度としてアンジェリークの目に映っていたかもしれない。
やっぱり喧嘩かあ、とアンジェリークは腕組みして首を振る。
そしてロザリアの背を強引に押して聖殿の廊下を進んだ。
「はぁい、女王候補のお嬢さんたち。今日も二人ともカワイイね」
執務室のドアを開けると、いつもと変わらず夢の守護聖の楽しそうな声が上がる。けれど、
掛けられた声ににっこり笑って対応したのはアンジェリークだけだった。
「こんにちは! オリヴィエ様こそ、今日もすっごく綺麗です」
あはは、アリガト。そう返したオリヴィエは、
ロザリアが俯いて挨拶をしない事を気にするふうでもなく、机上の書類を捌いていた。
アンジェリークはそんな二人を交互に見て、やれやれといった感じに息をついた。
「何かロザリアが勝手に怒ってるだけかもしれませんけど、
オリヴィエ様は許してあげてくださいね」
ちょっと、あなた、何を言うの! ロザリアが慌てて彼女の親友を制して腕を引くが、
アンジェリークは目配せしてロザリアから逃れた。
「もうロザリアってば落ち込んじゃって、見てらんないんです。それじゃ、
よろしくお願いしますね!」
元気よく金の髪の女王候補は言うと、
ぱたぱたと先程と同じ足音で夢の守護聖の執務室を出て行った。
残されたロザリアはそこへ佇んだまま唇を噛んだ。オリヴィエも何も言わず、
彼の纏うコロンの香りが漂う部屋へ、彼が捲る書類の音だけが暫く流れる。
「あの子は何も知りませんの。わたくし、失礼します、わ」
詰まった喉からようやくそれだけを絞り出し、俯いた視線のままロザリアは頭を下げた。
すると向かっていた執務机から離れて立ち上がったオリヴィエが一言放つ。
「お待ちよ」
その声にビクンと反応したロザリアの体は、
その身を翻して彼に背を向ける事ができなくなった。ロザリアが顔を上げると、
いつもよりブルーの色が濃く見えるオリヴィエの瞳が、真っ直ぐ彼女を見詰めている。
「体は大丈夫かい?」
尋ねられた言葉の意味にロザリアは頬を染めた。
どうにかぎこちなく頷いたものの、ロザリアは満足に体を動かす事すらできない。
オリヴィエの足がゆっくり一歩近付くと、ロザリアの足は一歩後退る。
だがすぐにドアに背が付き、ロザリアはそれ以上下がれなくなった。
目の前に立ったオリヴィエは、ロザリアの顔の両側、
囲むように閉じ込めるようにドアへ手を突いた。
間近にあるブルーの瞳が妖しい光を乗せて煌く。ロザリアは足の力が抜け、
今すぐにもその場へしゃがみ込んでしまいそうだと思った。
目を細め、少し屈んだオリヴィエがロザリアの耳元へ囁く。
「欲しい?」