「……あっ……ッん……オリヴィエさ……アぁ」
薄闇の中甘い声と湿った音が流れる、夢の守護聖の私邸、その寝室。
女王候補であったオリヴィエの恋人は、
今では256代の、尊い白い翼を持つ女王へとなった。
けれど今は彼の腕の中、彼女は変わらずオリヴィエひとりだけの大切な存在である。
「可愛いよ、アンジェリーク……アンタのコト、
いくらでも欲しい。…アンタももっと……求めて?」
「オリヴィエさ……ま、ァアっ……ふ、ン……奥まで、
して……」
「ふふっ……了、解」
甘くねだる声に、オリヴィエは律動を深くした。
それに合わせてアンジェリークの呼吸が速く、声が高くなり、
オリヴィエをも連れて行こうとしたが、彼はそれに耐えて彼女だけを飛び立たせた。
女王が交代し、式典や公式行事が目白押しであった。
守護聖であるオリヴィエももちろん毎日忙しかったが、
当の女王陛下であるアンジェリークは更に多忙を極めていた。
覚えなくてはならないことも多々あり、
ずっと休みなどないままひと月以上があっという間に過ぎ去った。
本当は明日とて休む暇などない程であったが、
有能な女王補佐官がどうにか一日休暇を入れてくれた。その貴重な休みを明日に控え、
女王陛下が真っ先に向かったのが、夢の守護聖の館であった。
「だめだよ、ホラ……帰って来て。んふ。……これくらいじゃまだ、
許してなんてあげられない。ねえ? アンジェリーク?」
意識を失いかけたアンジェリークの体を起こし、
繋がったままオリヴィエは彼女へくちづけた。
半分だけ覚醒したまま、それでもアンジェリークはオリヴィエの唇へ応えて返す。
「オリヴィエ様……好き……ッあン」
ひと月半の間で、公式ではアンジェリークは彼を「オリヴィエ」と呼ぶようになっていた。
けれど彼の腕の中で、候補時代と変わらず彼を呼ぶ声に、
オリヴィエはまた愛しさが増す。
「好きだよ、アンジェリーク……アンタは全部私のものだよ。……ね、私にだけ、拓いて。
私の名だけ、呼んで」
アンジェリークは両腕をオリヴィエの首へ絡め、
たくさんの小さなくちづけを受けながら彼の名を呼ぶ。
「オリヴィエ様……オリ…ヴィエさ……ッン」
オリヴィエは細い腰へ手を添えて、アンジェリークの体を揺さぶった。
アンジェリークも体が求めるまま、オリヴィエにリズムを合わせて上下に揺れた。
薄闇の中でも輝く金の髪が、彼女の動きで乱れて跳ねる。
彼女の腰が下りるその瞬間に合わせオリヴィエが突き上げると、
アンジェリークの声が一層高く上がった。
「アッ! っはァ……オリヴィエさま、も……わたしの名……前……ぅンッ!」
オリヴィエもまた、公式では彼女を「陛下」と呼ぶ。プライベートな時だけ、
交わされる名前。そして、候補時代のその名を呼ぶことが出来るのは彼だけの特典。
「アンジェ……アンジェリーク。アンタの名前も、
私だけのもの……あぁ……好き、だよ」
「わ、たしも……オリヴィエ……様、アァ!」
心も体も高まって、
今度はぴったり呼吸を合わせ、二人は今夜何度目かの空へと飛んだ。
女王候補時代から、二人は恋人同士だった。無論、
こうした関係になってからはまだそんなには経っていない。
だからお互いを探り合いつつ過ごすこの時間は、二人にとっては最高に刺激的だ。
アンジェリークは、女王の座も、恋人であるオリヴィエの手も、
どちらも離すつもりはなかった。もちろんオリヴィエも、
恋人が女王になったからといって、そのまま恋を封印するつもりは全くなかった。
周りを納得させるためにはたゆまぬ努力が必要となる筈だが、
お互いの手を繋いだままでいるためには超えてみせると思っていた。
それでも、こうして会える時間は久しぶりで、
オリヴィエはなかなかアンジェリークを眠らせてやることが出来なかった。
アンジェリークとて、オリヴィエに教えられ手にしたばかりの女としての悦びに、
求められる以上に求め返してやまなかった。
「アンジェリーク……気持ちイイかい? ……っはァ」
「……気持ち、いっ、イ……っや、ン……オリヴィ、エさまは……?」
切なく揺れるエメラルドの瞳に、オリヴィエは言葉でも嬲りたくなる。
「すごく……イイよ……ふふ。アンタの体、
いつからこんなに……エッチに、なったのさ」
「……やぁ……ッふ、オリヴィエ、様……わたしの事、嫌いに……ならない、で……」
羞恥に目尻に涙を浮かべて背けられた顎を捉え、
オリヴィエはきつくアンジェリークへくちづける。
「バカだね……エッチなアンタ、もっと好きに……ッく、なってるよ」
そんな訳で、くたくたになった二人がやっと眠りについた時、
そろそろ朝日が昇るであろう、そんな時間になっていた。
「オハヨ」
目覚めて二人が小さなキスを交わしたのは、もう陽も高くなった午前も遅い時間だった。
いっしょにシャワーを済ませて軽い食事をしながら、
アンジェリークはニコニコ笑ってオリヴィエを見上げた。
「普通に普段の日の曜日みたいに、ショッピングして、カフェでお茶したいです」
彼女が失ってしまった ”フツーの女の子”としての休日が欲しい事は、
オリヴィエには痛いほど分かったので、その提案に彼も笑って頷いた。
「ん。普通に普段のお休みみたいに、デートしよっか」
手早く普通のカジュアルな服をアンジェリークに誂えて、
それでもちゃっかり彼女へメイクも施して、
オリヴィエはアンジェリークを連れてショップへ足を向けた。
聖地の人々は、オリヴィエの連れた少女が女王陛下だと気付くと、
みな最初は驚いて固まったが、アンジェリークは柔らかに笑顔を向けた。
手を繋ぎ、聖地のショップを見て回る二人は本当に楽しそうで、
行き会った者たちみなも幸せな気持ちになる程だった。
「ああ、疲れた」
そう言いながらそれほど疲れていなさそうなアンジェリークが、
カフェのテーブルの向かいに座るオリヴィエへにっこり笑い掛けた。
「今日は楽しかったです。ありがとう、オリヴィエ様」
「私もとっても楽しかったよ。アンタといっしょにいられて、本当にうれしいよ」
もう、夕方。お休みが終わってしまう。
アンジェリークの顔にありありとその残念な気持ちが浮かび、
オリヴィエはつんと彼女の鼻をつついた。
「来週とかには無理でも、またこうして会えるだろう?
私のお嬢さんは、それを楽しみにしていてくれるかい?」
アンジェリークは勢い込んで頷いた。
「もちろん! もちろん楽しみ。そのためには、わたし、すっごく頑張ります」
女王候補時代と変わらない前向きな言葉に、オリヴィエの笑みは深くなる。
彼は体を乗り出して、アンジェリークの耳元へ囁いた。
「今夜、私の所へは?」
アンジェリークは赤くなり、上目遣いにオリヴィエを見た。
「明日はお休みじゃないから……ちょっと、無理かも、です」
残念。そう言いながらもオリヴィエは艶っぽく微笑んだ。
「ま、いっか。一か月分くらい、昨夜はいっぱいもらったし?」
アンジェリークは更に真っ赤になって俯いた。
それにしても。オリヴィエはカフェの中を見渡して首を傾げた。
「今日は守護聖連中に、一人も会わなかったね。アイツら、
みんなしてどこ行ったんだろうね」
アンジェリークも辺りを見渡して頷いた。
「ホントですね。執務はない筈なのに」
月の曜日、宮殿に出仕したオリヴィエが最初に行き会ったのは、闇の守護聖だった。
最高潮に機嫌よく、
オリヴィエは肩から指へと掛かる布を揺らしてその手をひらひら振った。
「オっハヨ、クラヴィス」
オリヴィエの声にクラヴィスは彼をじっと見た後、
フッと口の端にあまり性質のよくない笑みをのせた。
「お前は……存外、体力があるのだな」
「ありがと」
オリヴィエは反射的に返事を返したものの、眉をひそめてクラヴィスを見返した。
「……って、何のハナシさ?」
クラヴィスは彼の問いに答えず、ゆっくりと体を回して自分の執務室へと足を向けた。
彼が自分の発言に説明を一切しないのはいつもの事なので、
オリヴィエは頭を掻きつつもクラヴィスを黙って見送った。
そこへ後ろから賑やかな複数の足音が近付いて来るのを感じ、
オリヴィエはそちらを振り向いた。
「あっ!」
ランディとゼフェルとマルセルが、同時にオリヴィエを見て小さく声を上げ、
その後三人とも示し合わせたように真っ赤になった。
「おはよーん。何さ、あんたたち、何赤くなってんの」
「お、おはようございます、オリヴィエ様。別に、あ、赤くなんてなってませんよ」
ランディが代表してどもりながらオリヴィエに挨拶を返したが、
彼を含め三人とも赤くなったままオリヴィエから目を逸らした。
ふーん。目をすがめてオリヴィエは、一番近くにいたゼフェルを掴まえて締め上げた。
「っわ、バカ、苦し……ぐえ」
「何か言いたいことあるって顔だねえ?
白状おしっ」
マルセルが慌ててオリヴィエの服の裾を引いた。
「オリヴィエ様、僕たち、あの、確かにちょっと……あるんですけど、
ジュリアス様かルヴァ様から、お話があると思うんで、その」
オリヴィエが手を離すと、ごっほごっほとゼフェルが苦しげに咳き込んだ。
「ジュリアスかルヴァから? 何?」
「だーかーらー、
オレらからは言えねーの!」
オリヴィエはますます訳が分からず眉をしかめた。
戸惑ったオリヴィエの隙をつき、年少組三人は脱兎のごとく廊下を走り去った。
「何なのさ、一体」
ジュリアスとルヴァを探しに、オリヴィエは二人の執務室を訪ねたが、
どちらも不在であり肩透かしをくらった。
ジュリアスの執務室の帰りにふと思いつきオスカーの所を訪ねると、
在室していた彼はオリヴィエの姿を見て、
クラヴィスと同様に含みのある微笑を浮かべた。
「よお、極楽鳥。全く見せびらかしてくれるな」
あんたも?
オリヴィエは不機嫌に眉を上げると、オスカーの執務机の端にどっかりと腰を下ろした。
「あんたたちさ、今日はなんだってみんなしてそうやって変な目で私を見るのさ。
言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだい?」
オスカーは軽く眉をしかめてオリヴィエを見返した。
「ジュリアス様から何も伺っていないのか?」
はん。肩を竦めてオリヴィエは天井を仰いだ。
「みんなしてジュリアスかルヴァから聞け聞けって。肝心な二人はどこにもいないしさ。
私にどうしろっての」
しばらく躊躇したのち炎の守護聖が彼に語った話に、
オリヴィエは頭が真っ白になった。
廊下をふらふらと歩くオリヴィエに、後ろから暢気な声が掛かった。
「おやぁ、オリヴィエ。足元が覚束ないようですがどうしました。ははあ、
さては……むぐ」
すばやく振り向いたオリヴィエはルヴァの口を塞ぎ、
そのまま首に掛けた手でそれを絞めんばかりに力を込めた。
「あんたね、
不用意にとんでもない事口走ったら、この口永遠に塞いでもいいんだよ?」
「ふが……くるし、オリヴィエ、むが」
ルヴァに八つ当たりしても仕方がない。オリヴィエは溜め息をついて、
ルヴァへ回していた手を外した。そのまま自分の執務室のドアを開けると、
中には首座の守護聖が僅かに顔を赤くして彼を待っていた。
はー。頭を抱えてオリヴィエが部屋へ足を踏み入れると、ルヴァも後ろから付いてきた。
ジュリアスの向かいのソファーへ、オリヴィエが長い足を顕にしながらどさっと腰掛けると、
ルヴァはジュリアスの隣へと陣取った。
ごほんと咳払いをしてから、ジュリアスが言い辛そうに口を開いた。
「そなたには悪気がないのは分かっているが、その、陛下との……」
言いよどむジュリアスを横目で見て、オリヴィエは面倒くさそうに頭を掻いた。
「あー。だいたいオスカーに聞いた。……それでさ、
あんたたちは私にどうしろって言うのさ。どうして欲しいワケ?」
一番言い辛かった部分をオスカーから聞き及んだと知って、
ジュリアスは明らかにほっとした表情を見せ、再び咳払いした。
「現在ルヴァと過去の事例などを調査中だ。もし解決策などが見つからなかった場合は……
そなたと陛下には辛い事だと思」
「私はあのコを手放す気はないよ」
彼の言葉を低い声で遮ったオリヴィエに、ジュリアスは困った顔をしたものの頷いた。
「わたしもそこまでは思ってなどいない。だが当面の間……後は察してくれないか」
顔を逸らしたままそれでも小さく頷いたオリヴィエに、ではな、
そう言ってジュリアスは夢の守護聖の執務室を辞した。
「はあぁ〜、全く、びっくりしましたよ今回は」
こっちこそびっくりだよ。
「先代の女王陛下には恋人がいらっしゃいませんでしたので、いやー、本当に」
確かにね。
「以前の文献をひっくり返しているんですが、女王陛下の私生活に関するものはその〜」
まあ、そんなものは残されてはいないだろうね。
「それにしても、参りましたよ、
独り身には……」
オリヴィエが無言で睨んでいるのに気付き、
ルヴァは言葉を止めた。
「あのさ。一人になりたいワケ。悪いんだけど外してよ」
あ〜、はい。頷くとルヴァは、何か分かったらご連絡しますよ〜、と、席を立った。
「あまり気を落とさないで。あなたのせいではないのですからね〜」
いや、
明らかに私のせいなのだが。
ふっと口元を緩めてオリヴィエはルヴァを振り仰いだ。
「あのコには、言わないでいてやって」
「……もちろんですよ」
ルヴァも去り、オリヴィエは執務室へ一人になった。
オリヴィエはソファーへどさりと体を横たえて足を組んだ。そのまま目を閉じると、
先程オスカーから語られた言葉がオリヴィエの頭を巡る。
「土の曜日の夜。陛下はお前のところに行ったよな?」
「ああ、うん。次の日は久しぶりのあのコの休みだったから。それが?」
オスカーはオリヴィエから視線を外して顎を掻いた。
「陛下が悲しんでいらっしゃると、俺達守護聖は時々それを感じる。
陛下がうれしいと思っていらっしゃるのも、聖地へ満ちるサクリアから感じる。
そしてもし陛下が誰かと愛し合っていらしたら……」
オリヴィエはやっと合点がいった。クラヴィスやお子様三人の言葉の意味も。
「ちょっと待ってよ、ソレって……」
さすがにオリヴィエも額に手を当てたまま、
その顔を伏せた。
「参ったぜ。お前、加減なしの大サービスだっただろ。
俺はさっさと聖地を抜け出して外界へ行ったんだが、
他の奴らはそんな訳にいかなかったらしいな」
オリヴィエはオスカーへ詰め寄った。
「ねえ、それって本当の話?
私をからかってる訳じゃないだろうね?」
オスカーは肩を竦めてオリヴィエを見る。
「残念ながら本当だ。日の曜日、寝不足と当てられて目が赤い守護聖7人が集まって、
会議になっちまったのもな」
ニッと笑ってオスカーは付け加えた。
「ロザリアがいるリュミエールは別だが……あいつはあいつで、
お前たちのせいでかなり女王補佐官へ耽溺したらしいな」
確かに、先代の女王陛下には恋人がいらっしゃらなかった。
けれど、歴代の女王陛下にひとりも恋人がいなかったとは、
オリヴィエにはどうしても思えなかった。
それとも、それを知った相手は動揺して女王陛下の手を離してしまったのか。
いま、自分がこうして揺れているように。
あのコが感じている様が、他の奴らに筒抜けだなんて。冗談。
オリヴィエは髪をくしゃりと掻き混ぜるようにして息をついた。
もちろん私があのコを好きなのは、それだけが欲しいからじゃない。
けど、大事だと思う。触れて、体温を感じて、一緒に気持ちよくなること。
傍にいる、そう安心できる瞬間。たくさんの言葉よりももっと、
確実に近付くことが出来る幸せ。けれど。
「あのコが知ったら、とても傷付く」
それが自分のせいだと。そして彼女の方から手を離してしまうかもしれない。
「ダメだよ、そんなの」
もし、もう触れ合う事が出来ないとしても、
それでも自分は彼女のことが好きだ。けれどそれをどうやって彼女へ伝えたらいい?
説明もないままで?
2008.4.24 |
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